台北JCと姉妹JC締結
1968年(昭和43年)、ソウルで開催されたアジアコンファレンス(後のASPAC)に出席した広津之治国際室担当副理事長は、当時の台北JC国際委員長、林福泉氏と偶然出会い、北九州市の状況やJCの活動について意見を交わし、台湾の港町である基隆(キールン)JCと姉妹関係を結ぶ仲立ちを依頼するも、基隆JCから関心がないという返事をもらう。台北JCの林福泉氏は責任を感じ海外JCとの交流の機会を求めている北九州JCの要望に応えようと努力され、1968年の暮れ、台北JCと姉妹JCを締結する話がまとまった。北九州JCにとっては、タイのプラナコーンJCとの姉妹締結に次ぐ、二つ目の姉妹JC交流の始まりだった。
世界で始めてのトリオJCが締結
1969年の後半から、姉妹JCとの交流を図ってきた北九州JCは、事業計画の一つにトリオJC締結を掲げ活動。1970年4月12日、九州地区大会を北九州JCが主管し、当時世界で初めてプラナコーンJCと台北JC、北九州JCのトリオJCが締結された。当時は日中国交回復等の問題で、外部から圧力がかけられたが、JCの信条を掲げ、「友情は国家主権に優先する」という言葉を守り、友情と友好の絆を築くのである。
第一回の児童交換を成功させるために奮闘努力
第一回IFP結団式
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当時台北JCではすでに日本国内のJCとは姉妹関係を持ち、その中で貝塚JCとは児童交換が進められており、その事業の半分を北九州JCが受け持つことになった。1970年8月、第一回の児童交換を成功させることができ、翌年からの台北児童の受け入れにつなぐことができた。
全国会員大会で国際交流推進最優秀賞
1970年、北九州JCが提唱した「北九州市青年の船」に協力。さらに7月に行われたハワイ児童フラダンスチームと地元の西南女学院の生徒との交歓会の主催、また東パキスタン救済街頭募金を実施。このような熱意と努力が認められ、10月に名古屋で開催された全国会員大会で国際交流推進最優秀賞を受賞した。
交流の幅が回を重ねるごとに充実
IFP30有余年の歩みは、より良き事業の充実化を求めるものであった。1983年(昭和58)6月、北九州JCと台北JCのIFPに対しての考えを相互認識するために、第31代向野理事長を団長として公式訪問した際に、「IFP児童交換事業に関する覚書」を交わし調印した。1989年7月には、IFPの20周年を迎え、北九州市に台北JCのOB、現役、児童を含めて総勢90余名の方々を迎えて、盛大な20周年記念式典が開催された。翌年、北九州の児童が台北を訪れた第21回目から、記念植樹が開始された。1991年の第22回では、台北の児童によって、初めての記念植樹が金比羅公園若者広場で行われた。
1999年に、IFP30周年記念式典を開催。2004年8月には、北九州JCOB・現役・児童総勢120名余りが台北の地でIFP35周年を盛大に祝った。また北九州JCからはIFP記念碑を寄贈し、その記念碑は今も台北JCと北九州JCの友情を見守り続けている。